大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成5年(わ)1207号 判決

被告人会社

法人の名称

田井常株式会社

代表者氏名

田井孝夫

本店所在地

京都市右京区西院東淳和院町一三番地

被告人

氏名

田井孝夫

年齢

昭和一〇年四月一九日

本籍

京都市右京区西院東淳和院町一三番地

住所

右同所同番地

職業

会社役員

検察官

岡崎正男

弁護士

西村清治(主任) 笹山利雄

鷹堀一芳

主文

被告人田井常株式会社を罰金六〇〇〇万円に、被告人田井孝夫を懲役一年六月に処する。

被告人田井孝夫に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人田井常株式会社(以下、被告人会社という。)は、肩書地(本件犯行当時は京都市中京区岩上通六角下ル岩上町七五一番地)に本店を置き、繊維製品の売買などを目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、被告人田井孝夫は、被告人会社の代表取締役として被告人会社の業務全般を統括する者であるが、被告人田井孝夫は、塩谷松夫らと共謀の上、被告人会社の業務に関し法人税を免れようと企て、架空寄付金を計上する方法により所得を隠した上、被告人会社の平成二年二月一日から平成三年一月三一日までの事業年度における実際の所得金額は八億一三八二万一四九二円であったのに、平成三年三月二九日、京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地所在の所轄中京税務署において、同税務署長に対し、被告人会社の右事業年度における所得金額が一三八二万一四九二円で、これに対する法人税額が四五二万三九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告人会社の右事業年度における正規の法人税額三億二四五二万三九〇〇円と右申告税額との差額三億二〇〇〇万円を免れた。

(証拠)(括弧内の数字は証拠等関係カード〔書証分〕の検察官請求番号を示す。)

一  被告人会社代表者兼被告人田井孝夫の

1  公判供述

2  第一回公判調書中の供述部分

3  検察官調書(24)

4  大蔵事務官に対する質問てん末書(25)

一  第二回公判調書中の証人塩谷松夫の供述部分

一  証人下田實道に対する受命裁判官の尋問調書

一  田井秀雄の検察官調書(12)

一  田井みよの大蔵事務官に対する質問てん末書(14から16まで)

一  下田實道の検察官調書(17)

一  喜多村和夫の検察官調書(18。ただし、抄本提出部分に限る。)

一  川上忠男作成の供述書(19)

一  大蔵事務官作成の

1  証明書(1)

2  査察官調査書(2から10まで)

一  検察事務官作成の

1  捜査報告書(11)

2  電話聴取書(20)

一  商業登記簿謄本(21)

(補足説明)

一  被告人田井孝夫は、公判廷において、ほ脱の故意がなかった旨供述する。

二  関係証拠によれば、次の事実が認められる。

1  平成二年一〇月二四日、被告人会社の当時の社屋と敷地は、塩谷が経営する株式会社日本画廊に八億四〇〇〇万円で売却された。売却益約八億二七七〇万円は、被告人会社の同年二月一日から平成三年一月三一日までの事業年度における所得となるものであった。

2  被告人田井孝夫は、右売却益をそのまま申告すれば多額の税がかかることから、塩谷らと相談の上、うち八億円を寺院に寄付したことにすれば、これが経費に算入されてその分税がかからなくなるものと考え、うち八億円を宗教法人正光院に寄付したことにし、正光院から八億円を寄付金として領収した旨の領収書を得た。代金八億四〇〇〇万円のうち、四〇〇〇万円は被告人会社の経理に算入し、一億七六〇〇万円のうち、四〇〇〇万円は被告人会社の経理に算入し、一億七六〇〇万円は正光院の住職下田實道ら関係者に手数料として支払い、残余の六億二四〇〇万円は被告人田井孝夫やその親族らで分配した。

3  被告人田井孝夫は、被告人会社の顧問税理士に、八億円を正光院に寄付した旨言い、その旨記載した法人税確定申告書を作成させた。被告人田井孝夫は、右確定申告書に被告人会社の代表者として署名押印し、同税理士をしてこれを前記2の領収書と共に所轄税務署に提出させた。

三  以上の事実によれば、被告人田井孝夫が架空の寄付金を計上する方法により被告人会社の所得を隠して税を免れようとの意思のもとに犯行に及んだことは明らかである。

(法令の適用)

一  罰条 刑法六〇条、法人税法一五九条一項(被告人会社について更に同法一六四条一項、一五九条二項)

二  刑種の選択(被告人田井孝夫について) 懲役刑

三  刑の執行猶予(被告人田井孝夫について) 刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、被告人会社の代表取締役である被告人田井孝夫が、被告人会社の社屋と敷地の売却により多額の売却益があったのに、これに対する税を免れようと企て、共犯者と共謀の上、架空の寄付金を計上する方法により被告人会社の所得を隠し、所得金額を過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出して法人税を免れたという事案である。

ほ脱額は三億二〇〇〇万円の多額にのぼり、ほ脱率は約九八・六パーセントに及んでいる。所得隠しの方法は、関係者と相談の上、売却益のうちの八億円を寺院に寄付したことにするというもので、その際、寄付先の寺院から八億円を寄付金として受領した旨の領収書を得、また、右売却と寄付が被告人会社の経営者であった被告人田井孝夫の亡父の意思に基づくものであるかのように装うため、契約者の日付を亡父の生前の日付に遡らせるなどしており、巧妙である。更には、本件寄付に関し税務署から資料の提出を求められた際、税務当局に顔がきくと称する者に善後策を依頼している。

このような事情に照らすと、本件は悪質な事案であり、被告人らの刑責は重い。

他方、本件は、実質的には、被告人田井孝夫の亡父の遺産分けの過程で敢行された事犯とみることができ、その意味で、一過性のものということができること、前記のとおり分配された六億二四〇〇万円のうちの同被告人の取り分は一億九四〇〇万円であり、同被告人はそのほぼ半額を前記のとおり善後策を依頼した者に支払ってしまっていること、そもそも本件所得隠しの方法を提案したのは共犯者の塩谷であり、関係者との折衝等、実際の工作も塩谷が主導して行ったものであること、本件に関与した者で刑事責任を問われているのは同被告人だけであること、同被告人には前科前歴がないこと、また、被告人会社は、本件に関して、法人税額の更正及び過少申告加算税・重加算税の賦課決定を受け、合計約四億三六七〇万円の納付を求められており、既に一億二〇〇〇万円余りが納付されていることなど、被告人らにとって斟酌すべき事情も存する。

そこで、これら諸般の事情を総合考慮し、主文のとおり量刑した。

(求刑 被告人会社に対し罰金七〇〇〇万円、被告人田井孝夫に対し懲役一年六月)

(裁判長裁判官 近江清勝 裁判官 山口裕之 裁判官 村上泰彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例